栃木県益子町の大塚朋之公式サイト・大塚朋之後援会

12年の足跡12 years of achievements

1期2006年~2010年

「ましこ再生計画」により行財政改革。
財政V字回復!22億円以上改善!

  • 小中学校校舎の耐震診断を実施
  • 防犯灯設置を推進
  • 生活道路「道普請事業」を導入(1箇所50万円)。
  • こども医療費補助を拡充(小6まで無料化)
  • 高齢者福祉大会を開催
  • 出産準備手当(3万円)の支給制度を創設
  • 不妊治療助成制度を創設
  • 健康づくりの一環として、「チャレンジデー」へ参加
  • EM菌等による生ゴミ循環を促進
  • クルマの休日、環境大学の開設、子ども環境モニター、
    環境活動取組店制度等を導入
  • 美しい町を目指して「ましこ花の博覧会」を開催
  • 土をテーマに益子を発信、「土祭」を開催
  • 益子ブランド農作物作出事業を興起
  • 国の補正予算「地域活性化・生活対策臨時交付金」を
    財源にプレミアム商品券の発行
  • 子どもたちの夢を実現するきっかけとして、
    一流選手による「少年スポーツ教室」を開催
「市町村合併」から「単独」への道

「市町村合併」から「単独」への道

益子町は平成の大合併の際、結果的に「単独」で町政運営を行う道を選びました。
小泉総理時代の「三位一体改革」は地方に厳しい側面が多く、足利銀行の一時国有化も記憶に残る。
地方の自治体も地方の経済界も苦難の時期でした。
ケネディ元アメリカ大統領の言葉をもじった「町が何をしてくれるのか?ではなく、私たちが町に何をできるのか」を基本精神とした私の後援会はこうした時代背景だから生まれたのかもしれません。
私が就任したH18年度の益子町の財政は、非常に厳しい状況下でした。予算は66億5500万。数字だけだと分りずらいですが、益子町の人口からするとかなり「緊縮財政」です。
しかし何より町にとってくやしい思いをしたのは、ペンタックスがHOYAの子会社となり、カメラ工場が閉鎖したこと。数百名の雇用が失われるという事態でした。
東京のHOYAにもお邪魔しました。そこで聞かされたのは「益子が悪いんではないんです。日本の工場コストでは、世界市場で太刀打ちできないんです」という言葉。
その当時は「日本の品質が理解されないはずはない」と素直に飲み込めませんでした。しかし、その後のシャープや東芝など、日本を代表するメーカーの苦闘ぶりを見ると世界市場の潮流のなかでビジネスを展開することの難しさを再認識しました。

チャレンジデー

さて、その一方で「緊縮財政」と町の看板企業の撤退という「逆境」が育んでくれたものもありました。
「自主・自立の精神」「協働の精神」そして 「益子の誇り」です。経済活動においては一人当たりの「生産性」を高めることが求められますが、長期的な「まちづくり」のためには、一人ひとりの「人間力」の向上が不可欠です。これの総和が「町民力」とも言えるでしょう。
私は、益子町の最大の武器は「町民力」と胸を張って言い切れます。自治会の活動や消防団の活躍。交通安全や福祉活動。スポーツの推進に文化活動。年間を通して開催される楽しい催しは、その数・質ともに全国に誇れるもの。健康・環境・地域づくりのボランティアなど、枚挙に暇がありません。
この「町民力」のおかげで、「歳出削減」による財政再建を行いながらも益子の活力が衰えずに済みました。今となっては懐かしい「チャレンジデー」は素晴らしい参加率。負けず嫌いの町民性が良くわかりました(笑) 「土祭」や「花のまちづくり」もこの頃に種が蒔かれました。
そしてこの「町民力」は、益子を襲う歴史的な災害の時にも大いに発揮されることになりました。

2期2010年~2014年

「ましこ未来計画」と「災害復興のための行動計画」を同時に進行し、復興を成し遂げる

  • 益子西部地区の圃場整備を実施
  • 消費生活センターを開設
  • 第2回土祭を開催(経済波及効果約11億円)
  • 益子小学校校舎・七井小学校体育館の建設
  • 英国セント・アイヴスと友好都市を締結
    中学生の海外派遣をセント・アイヴスに
  • ひまわり祭りやコスモス祭りなど「花のまちづくり」を推進
  • 里山芸術祭を開催(文化庁全額補助)
  • 町民センターや南運動公園のテニスコート改良
  • 総合型地域スポーツクラブを設立
  • 東日本大震災や竜巻災害の対応、復旧・復興支援
  • 防災備蓄倉庫の建設や防災計画の見直し
  • 全国各地の市町村との災害協定を締結
  • 「デマンドタクシー」や「やきものライナー」
    (益子~秋葉原間の高速バス)など公共交通を充実
  • 月に2回の土曜開庁や町税のコンビニ収納化
  • 生ごみ堆肥化事業を実施
  • こども医療費助成を中学3年まで拡大
  • 各種ワクチン助成事業をスタート
    (肺炎球菌・おたふくかぜ・水痘・成人風しん)
  • 「益子町まちづくり基本条例」を策定
災害。そこから生まれたもの。

災害。そこから生まれたもの。

2011年3月11日。
この日にちを言葉にしただけで、皆さん一人ひとりがたくさんの事を思い浮かべるのではないでしょうか?町では何十年に一回というレベルの「災害対策本部」を立ち上げました。
たくさんの悲しみ、思い出したくもない苦しみもありました。計画停電にも苦労しました。
だけど、そんな辛い状況の中でも心を温めてくれたこと。気づかせてくれたこともあったのではないでしょうか?
停電の際、ローソクの炎で過ごす時の「家族団欒」の幸福感。屋根にブルーシートをかけ合ったり、節水のための水を融通し合ったりできるコミュニティーや、地域のつながり。「当たり前の日常」の大切さを改めて感じる機会になりました。
また震災をきっかけに町としても「絆」が生まれました。山形県・米沢市との交流やイギリスのセント・アイヴスとの友好都市締結は、その好例です。(昨年9月にはロンドンの日本大使館で盛大に友好5周年の展覧会とパーティーを開催することが出来ました。)
ところが、復旧そして復興が徐々に進み始めたとき、再び自然の猛威に襲われました。

竜巻災害災害対策本部

2012年5月6日。
かつてない竜巻災害です。先の地震でやっと再建した家屋も道路のアスファルトさえも捲りあげられ、大木が何本もなぎ倒されました。ビニールハウスなどはもちろんのことです。
そんな自然災害が2つも続く中、死者や大きなけが人が出なかったことは不幸中の幸いでした。「初動」の大切さを歴史的教訓として伝えていかなければなりません。「初動は空振りしてもいいから、行動を起こす」「大きく騒いで、小さく収める」
これらは、改めて痛感した災害対応の原則です。

2013年9月15日
今度は台風18号による大雨。なんと3年続けて町の最大級の警戒態勢「災害対策本部」の設置です。ここ数年、全国的に時間当たり雨量が100ミリを超える!事が稀ではなくなりました。今後、「治水」については新たな認識で対応しなければなりません。

益子町、そして益子町民は3年続けて自然災害という「逆境」に立たされました。しかし、ここでも「人間力」の総和の「町民力」が生かされました。自分も被災しているにも関わらず、弱者救済に奔走する何人もの感動的な姿は今でも脳裏に焼き付いています。

「One For All,All For One」(一人はみんなの為に、みんなは一人の為に)という私の好きな言葉がありますが、災害時はこの言葉通りの益子でした。

余談ですが、財政調整基金という町の貯金が、このころには災害対応に耐えうる状況にあった事はとても助かりました。現在マスコミ等で、国に比べて地方自治体の基金が多すぎるのではないか?という議論もありますが、これからの地球環境を考えると自然災害は必ず起こる。そしていざという時、国や県が迅速に助けてくれるわけではない。だから、町が適切な貯金をしておくことは、今後も必要不可欠です。
ケネディ元アメリカ大統領の「国があなたの為に何をしてくれるかではなく、あなたが国の為に何ができるか」という有名な演説には続きがあります。それは「私たち(行政)が皆さんに求めるのと同じくらい高い水準の力と犠牲を私たち(行政)に求めてください」
皆さんにも努力を求めるけれど、当然行政も努力する。町が大変な時は町民が町を支え、災害などで町民が苦境に立たされた時は町が一人ひとりに心を配り、暮らしを守る。そんな相互扶助の関係・協働の精神が形になって表れていきます。

3期2014年~2018年

「新ましこ未来計画」
~将来に向けた持続可能なまちづくり~

  • 道の駅整備
  • 下水道整備(塙地区)
  • 防災拠点施設(山本・サヤド・生田目・東田井)
  • 消防ポンプ車(大羽・七井・小宅・大沢・サヤド・小泉・山本)
  • 防災行政無線デジタル化
  • 小中学校防災機能強化(益子西小・七井小・田野小・益子中・七井中・田野中)
  • 学校司書を配置
  • ICT教育(電子黒板・タブレット)を推進
  • 七井小プール築造
  • 地籍調査を再開
  • 平成館整備を着手
  • 子ども子育て施設整備を着手
  • 益子西部土地改良
  • 移住定住住まいづくり推奨
  • 土祭(3回目)を開催
  • はが路ふれあいマラソンを近隣市町との協力で開催
  • 益子焼販路拡大(台湾)
  • アメリカ・ダブリン市と海外友好都市を締結
  • 子育て応援手当制度を創設
「幸せな共同体・ましこ」

「幸せな共同体・ましこ」

日本はご承知のように「人口減少時代」に突入しました。
私が小学生の頃は、「人口問題」というと「人口過剰問題」。
日本や世界の人口がこのまま増え続けたら食糧も含め大変なことになる。という論調でした。
今は一転、「人口減少」にどう対応するか?という事ですから、隔世の感があります。
現在1億2千万超の人口が、100年で大正初期と同じ5千万人になるとの予測。
大正時代と比べ物にならない程、東京を中心とした都市部に人口が集中していますので、地方の減り方はもっと急激です。
もう一つ大切なのが「人口構成」。所謂「少子化」です。
この対応策については次の機会でお話ししますが、まず私たちはそういう時代の変わり目に立っているという認識を共有することから始めていきたいと思います。
ただし、悲観論からは益子の明るい未来は築けません。
「益子の長所」をしっかりと生かした取り組みを目的意識を明確にして実行することが大切です。
その為にH27年に「新ましこ未来計画」を策定しました。

ここ数年は、
長年の努力が
実を結びつつあることを
感じています。

花のまちづくりもすっかり定着しました。
上山のひまわり、生田目のコスモスはもちろんですが、小宅古墳群の菜の花と桜も年々楽しみが増します。

梅ヶ内の彼岸花。町内全域のソバの花。
円道寺池や前沢町有林も将来が楽しみです。

コスモスひまわり
スポーツイベントも盛り上がっています。

スポーツイベントも
盛り上がっています。

伝統のウルトラマラソンや駅伝大会に加え、トレランにポターリング。
そして、はが路ふれあいマラソンなどそれぞれが全国レベルの人気大会です。
子供たちの部活動やチャレンジクラブの活動も活発で今やスポーツは益子の顔とも言えます。
花やスポーツは、日々の暮らしの中で「楽しみ」や「潤い」をもたらしてくれますよね。

スポーツイベントも盛り上がっています。
文化面では、文化財を活用した様々な事業や音楽を楽しむ企画も増えました。

文化面では、
文化財を活用した様々な事業や
音楽を楽しむ企画も増えました。

イギリスのセント・アイヴスやアメリカのダブリンとの友好都市締結は益子の文化あってこそのものです。
昨年秋の「前・土祭」は田野・益子・七井の3地区でそれぞれ行われましたが、それぞれの地域の良さや可能性を見出す機会になりました。
一連の事業は、「地域の誇り」や「幸福度」の向上に結び付くものと考えます。

文化面では、文化財を活用した様々な事業や音楽を楽しむ企画も増えました。

「交通死亡事故の無い町」にするという目標もここ数年ずっと続いています。
ごみの減量化・再資源化も定着しつつあります。

田んぼの中の「道の駅ましこ」もお陰様で順調に黒字経営をしております。
「地域経済の活性化」や「雇用の創出」にも結び付いています。

以上の事はすべて
益子町が誇る「町民力」と
関係団体・機関との協働の力によるものです。

「人財」は益子町の宝物ですね。
「新ましこ未来計画」の中には、たくさんの数値目標があります。町長の仕事は「結果責任」。
これらをやり遂げる経営手腕が問われるのだ、と自分に言い聞かせて日々仕事に取り組んでいます。
中には、前進どころか後退してしまっているものもあります。でも人生はそんなもの。
それらの数値目標の達成が町民の皆様や未来の益子町の「幸せ」につながることを信じて「結果」を出してまいります。

大塚朋之
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