栃木県益子町の大塚朋之公式サイト・大塚朋之後援会

所信表明

このたび行われました町長選挙によりまして、
引き続き4期目の町政の重責を担うことになりました。

経営者は、「結果」で示すことも使命。
この4年間の中でしっかりと「結果責任」を果たしてまいります。

その「結果」を出すためにも「夢を力に」町民の皆さま、
議会の皆さまとともに挑戦して参りたいと思います。
誠心誠意努力してまいる所存でございますので、
ご理解、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

これまでの3期12年間も協働による挑戦の歴史でした。
私が初めて町長に就任した12年前は、国の三位一体の改革による逆風の中。「歳出を削減すること」が最初の仕事でした。

当時は、子ども医療費の無料化は小学校3年生まで。道の駅や塙・星の宮地区の下水道などは、夢のまた夢でした。
しかし、そんな状況でも「町が何をしてくれるかではなく、私たちが町のために何ができるか?」という想いを共有し、多くの町民の皆さまが立ち上がってくれました。
「環境」「健康」「文化」を3本柱に町の活性化を図りながら、財政を再建することができました。

一方で、「土祭」などの様々な企画を開催し、各地域や益子の魅力を再発見しました。
町のリーディングカンパニーであるペンタックスの撤退や、度重なる災害もありました。
しかし私たちは、それらすべてを乗り越えて今ここにいます。
益子の魅力・地域の魅力を重ねながら、12年前は夢でしかなかったことを実現しています。

今、私たちが対応すべき最重要課題は「人口減少」「少子化」です。
これを解決する答えは、私たち自身の中にあると私は考えております。
私たち自身が「町」の魅力を高めること。私たちが暮らす「地域」の魅力を私たち自身が高めること。そして私たち自身「一人ひとり」の魅力を高めることです。

そのために、今までの価値観を転換させることも必要になると考えております。
まず、経済は他力に頼るのではなく「自分たちで創る」。
道の駅をきっかけに、農業と食に観光をからませることにより地場産業を創ることが出来ます。
地元企業の育成や起業支援など、「益子から上場企業を生み出す」くらいの環境もつくりたいものです。
教育も、「良い大学から良い会社」だけではなく、「益子が大好きで将来は益子で家族や仲間とともに生きていきたいんだ。」というふるさと教育の機会を多く作りたいと思います。
世界中どこへ行っても「ジャパンの益子から来たんだ」と胸を張って言える子供たちを輩出したいと思います。

2020年には、いよいよ東京オリンピックが開催されます。
オリンピックは平和の祭典でもありますので、現在改修中の「旧・南間ホテル」や「ワグナー・ナンドール美術館」を中心に益子を「平和のまち」として発信してまいります。
もちろん、美しい里山の中で育まれてきた「日本を代表する文化のまち」としても大いにPRしてまいります。

「益子町が少子化問題を解消する」という夢を力に挑戦する大人の姿を、子供たちに見てもらいたいと思います。
子供たちもきっと、私たちの想いを引き継いでくれるはずです。
その挑戦の過程の中に「幸せ」はあり、  「幸せな共同体・ましこ」の実現に向かって進んでいくものと信じております。

これからの4年間、初心を忘れず、夢の実現に向けて歩んでまいりますので、町民の皆さま並びに議会議員各位のご支援とご協力を心からお願い申し上げます。

3期12年を振り返って

12年前の今頃、
町長選出馬に当たり
先輩や友人達と町内の各戸を回りました。
顔を覚えていただく事と同時に、
様々な課題も教えてもらいました。
自分は「井の中の蛙」だった事を
思い知りました。

生活道路や下水道。
学校の設備などの教育環境。
子供医療費などの子育て支援。
介護や障がい者福祉の事。
区画整理事業や土地改良。
「集落営農」もそのころが制度の始まりでした。

直ぐに解決できる問題もありますが、行政課題、特に国・県が絡むものは想像以上に時間がかかる。
5年10年、そして幹線道路などは20年という長い時間をかけて取り組むものも多々あります。
焦らず一つ一つ「夢を形に」していくことを心がけました。

町の財政状況、世の中の経済状況・社会状況は、正直厳しいものがありました。
しかし、今振り返るとそういう時代の中でも着実に益子は前進しています。
そして、それらはひとえに町民の皆さん、一人ひとりの日々の努力の結果です。
汗水たらして働いた結果です。

災害からの復旧・復興は確実に進みました。
益子西地区で今行われている下水道工事を目にするとき、
12年前の大きな課題が動いていることに喜びを感じます。
前町長から引き継いだ七井中央の区画整理事業も関係者の皆様のご努力が見事に実りました。
土地改良も進みました。生活道路を改善するために創設した「道普請制度」は大いに活用されました。
子ども医療費の助成は当時小学校3年生までだったものが中学校3年生まで少しずつ枠を拡大しています。

「道の駅ましこ」はお陰様で一年間で4億7千万を売上。
来場者数は70万人を超え健全な黒字経営をしています。
「未来は創れる!」ことを証明できました。

災害被害 益子町が施工した待望の歩道 道の駅ましこ

日本は人口減少の時代ですが、益子には潜在能力、地域資源、
そして何より人財という宝ものがあります。
力を結集して、安心して暮らせる益子。
健康的な益子。
子供たちがたくましく育つ益子。
仕事のある益子。
暮らしやすい益子。
文化の薫る国際的な益子。
里山の美しい益子。
一人ひとりの個性が輝く益子。
いくつもの理想の益子を構築していきましょう。

「百目鬼川をきれいにする会」の皆様

世代や職種によっても理想とする将来像は違うかもしれません。
一人ひとりに求められる施策も違います。それでも、一人ひとりが「幸せ」を感じて益子で暮らす。そんな「益子」という共同体(協働体)を築きたいと思います。
これから何回かに分けて、これまでの町長としての歩みを振り返りながら、未来への構想をお話しさせていただきたいと思います。

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